旧跡関連エントリー
両馬川旧跡
一の谷の合戦に敗れた平家の名将、平忠度が西へ落ちる途中、 源氏の武将岡部六弥太忠澄に見つかった。 忠澄は、源氏の者と思ったが、忠度お歯黒を付けていたので平家とばれ、 忠澄と組み伏せ、首を討ち取ろうとしたが ...

「豊川宝飯の名所・旧跡」
... 豊川商工会議所では、毎年、地域の観光活性化を図るため観光カレンダーを作成しているそうです。2008年は、八木祥光氏、木下良夫氏の協力を得て、「豊川宝飯の名所・旧跡」をテーマに、豊川稲荷(秋季大祭)、御油の松並木、本宮山の大木、御津マリーナ ...

三国の名所旧跡ー當陽のご紹介
三国の名所旧跡ー當陽 中国の大巴山脈の東端、緩やかな丘陵の東斜面に開けた町が当陽、趙雲が単騎、劉備の子_ 阿斗を救い出したことで知られる長坂坡古戦場の町である。綿花畑の広がる江漢平野に 面したこの地方都市には、趙雲の他、劉備、張飛 ...

芭蕉庵旧蹟・芭蕉稲荷
芭蕉庵旧蹟・芭蕉稲荷 江東区常盤一丁目 芭蕉稲荷神社 俳聖芭蕉は、杉山杉風に草庵の提供を受け、深川芭蕉庵と称して、延宝8年から元禄7年 ... ここに芭蕉稲荷を祀り、同10年、東京府は、常盤一丁目を旧蹟に指定した。 昭和20年戦災のため、当所が ...

密かな旧跡
うちの近所にこんなところがあります。 「西郷隆盛翁駐在之趾」 なぜか、カトリック教会の片隅に。解説によれば、 熊本で敗れた後、逃げる途中でこの地に潜んでいたことが あるそうな。 ...

旧跡画像
旧跡旅行記
昭平県黄姚−古民家の残る村パート3-B(by 背包族さん)
桂林のようなカルスト地形に囲まれた美しい村「黄姚古鎮」。
日本の旅行社でここに行くツアーを組んでいる所があり、初めて
この村の存在を知った。
以前桂林で買った《古鎮遊》という本で、広西のページをチェックしてみると詳しいアクセスが載っていたので、週末にでかけてみることにした。
カルスト地形は桂林のある広西北東部から貴州にかけて続いているものと思っていたが、広東に隣接する賀州地区でも見ることができたのは意外だった。
中国の田舎に行くと、おいしい豆腐料理に出会えることが多い。
やはりおいしい手作り豆腐の基本には、きれいな水があるのだろう。
ピースっ!南京への道?(それは赤の他人でしょう)(by きっちーさん)
新しく入社した会社の『新年会』を、
「すいませぇん。中国行ってくるんで・・・」
というまったく理由にならない理由でバックレ、正月休みをゲット。
だってソコさえ欠席すれば、7連休!
不良社員ですから。
出世とか望まない。
プライベート充実こそ生きがいですから〜。
だって南京、行くんだもん!
未知の旅には、情報収集。
これは4トラの皆さまの助言と、いつもの『地球の歩き方』である程度、事前学習。
ルート的には目安がついたものの、問題は今回の旅の重要な目的である、『南京大虐殺の現場をまわる』でした。
『南京大虐殺』と呼ばれるジェノサイドを『いつ』から始まった事として定義するのか。
これすらも議論がわかれる部分ですが、関連書籍を読んだ上で、
『大虐殺は南京市内だけの事件ではない。南京への道そのものが大虐殺の現場だった』
という主張が私の感想とも一致したので、このことを念頭に置いて、上海から旅をスタートさせることに。
そうすっと、1937年に皇軍が杭州湾に上陸したトコからだから・・。
70年前かー!
ウチのお婆ちゃんが小学生にもなってない頃だ。
ヒロシマ・ナガサキのように、体験者の方のお話を伺えればうれしいのですが、さすがにそこまでの交渉力は持ち合わせていないし、記録が残っている何人かの証言者の方たちが、ご存命かもわからないので、現在南京に住んでいる方に前の世代の人達から、どういう風に伝えられているのかを聞いてみたい。
そんな気持ちを中国語教師の張先生に話したところ、
「出来るところで協力ましょう」
メールを頂きました。
数日後、再び張先生のメール 。
『きっちー小姐。
私の店でバイトしていた子に、南京大学卒業生がいて、その人の同級生が、南京のホテルマンと結婚している。
そのホテルマンが南京を案内してくれる、ことを承諾してくれたので。
良かったですね』
・・・ん?
と、遠くない?
先生の知り合いとかではないし。
それって赤の他人というコトではっ。
その人もガイドでもないのに、誰だかわかんない相手を案内しちゃっていーの???
中国沿岸紀行−台湾・台南で見た媽祖の祭?(by Yunnanさん)
92年2月6日に、台湾の台南市で催された媽祖の祭を見に行ったときのものです。その様子を5回に分けて報告します。媽祖の祭?は、到着したその日は台南市役所へご挨拶、市内の道教廟の見学、翌日の午前中に体育場で行われた市主催の開会式があり、ご招待に預かりしたので、そのときの様子を載せました。その他、道教を中心に台湾の人びとの暮らしの一端を垣間見ました。
調査者 菅原壽清
調査地 中国雲台湾台南・高雄
調査目的 駒澤大学・台湾の人びとの道教及び仏教に関する調査研究
指導 窪徳忠先生
調査期間 1992年2月5〜8日
2月5日(金) 羽田発08:50中華航空 →台北→ 午前航空機にて高雄へ移動
高雄着13:10 107/191
到着後、専用バスにて高雄から台南市へ移動
高雌発13;03専用バス 台南市役所訪問。
台南着14:30 (台南大飯店泊)
6日(土) 台南市滞在、終日。台南市内道教廟及び道教行事の参観(台南大飯店泊)
7日(日) 台南発10:00専用バスにて高雄市へ移動。
高雄着12:00高雄の仏教寺院見学 (華王大飯店泊)
8日(月) 高雄発14:35中華航空→中華統空にて台北へ
台北発→成田着21:10
「桜町陣屋跡」「二宮尊徳資料館」栃木県芳賀郡二宮町物井2013-2(by しんちゃんさん)
「二宮金次郎」本名「二宮金治郎」後の「二宮尊徳」は知らない方は無いと思います。生誕地は神奈川県小田原市栢山(かやま)(旧、相模国足柄上郡栢山村)若くして両親は亡くなり、兄弟は親戚へ。田畑は酒匂川の氾濫で耕作断念、苦労苦学して生家を再興、手腕を見込まれ、小田原藩の飛地「下野国桜町領」現在の「栃木県芳賀郡二宮町」へ赴任させられました。「二宮金次郎」知れば知るほど奥が深い見学記でした。何かの“ついで”に是非見学に来て下さい。一時間もあれば充分見学可能です。多分、多くの疑問が残るはずです。写真は「桜町陣屋跡」“陣屋”とは兵士の宿営地の意ですが、この場合は“役所”と“官舎”を兼ねた建物の事です。小田原藩の飛地のため、役所の出張所を設置したそうです。栃木県の「二宮尊徳資料館」から小田原の二宮尊徳記念館まで直線距離146Kmあります。当時は歩いて三日三晩掛かったそうです。
天下雄関散歩 絹の道ひとり旅〜第7章〜(by ぱんぱーすさん)
嘉峪関観光後半戦。観光という意味ではおそらくここが最期のメインディッシュ、嘉峪関へ突撃だ。「天下雄関」とも呼ばれたこの関所は、万里の長城最西の関所にして、数ある万里の長城の関所跡の中で最も保存がよい。まぁ第一墩を見る限りでは大分上積みで土を積み足してそうだが。
タクシーの運ちゃんと会話をはずませつつ、なかなかの難所の多さに息もはずませつつ、逃げ帰って参りました。どうぞ!
【旅行時期】2006/09/28~2006/10/01
【エリア】
嘉峪関
【テーマ】
【投稿者】
ぱんぱーす
旧跡人気商品